言葉の力を信じた人々は、文学に何を見いだしたのか―文学をめぐる様々な言説に焦点を当て、長きに渡り語られてきた文学の系譜をたどる。 理論と批評――古典中国の文学思潮 (京大人文研東方学叢書) 著者:永田 知之 臨川書店 体裁:四六判 292ページ 定価:3,000円 + 税 ISBN:978-4653043775Read More →

おもちゃに変身するゴミ、土に還るロボット、葬送されるクジラ、目に見えない微生物……わたしたちが生きる世界は新品と廃棄物、生産と消費、生と死のあわいにある豊かさに満ち溢れている。歴史学、文学、生態学から在野の実践知までを横断する、〈食〉を思考するための新しい哲学。 分解の哲学: 腐敗と発酵をめぐる思考 著者:藤原辰史 出版社:青土社 体裁:352ページ 定価:Read More →

いまとなりにいる誰かにふれてみる。27の文化人類学論考、書き下ろし。 古典的な学説から最先端の潮流までを踏まえながら、気鋭の文化人類学者が書き下ろした27のショート・エッセイ(論考)。研究フィールドであるタンザニア、ガーナ、南インドから、60年安保の水俣、昨年の京都大学の「立て看」撤去問題まで、あらゆる場所と時間をこえて人類学的な実践はめぐりながれる。自ら痛Read More →

信じれば仏になれるのか―― 仏教の聖者観を根本から問い直す! 仏教の歴史のなかに聖者はいたのか、いなかったのか。素朴な問いに端を発する仏教の聖者への関心は、やがて信仰の内実へとつながる大きな問いへと発展していく――仏教史に名を残す学派の祖師や学僧たちは、どのような修行を行い、いかなる宗教的階位に到達したのか。原典資料を読み解き、誤った理解が蔓延する仏教の聖者Read More →

「病気」の向こう側にあるもの。 科学者たちは顕微鏡のなかの小さな生きものを、どのように病原菌としてとらえたのか。 近代は病いについていかなる言葉で語ってきたか。微生物の発見。ワインの味。臨床医学の誕生。 エイズとその隠喩。「らい」と戦後日本。疲弊と回復――。 病いとその表象の向こう側にある、生きているわたしたちの歴史。 病む、生きる、身体の歴史 ―近代病理学Read More →

歴史修正主義が跋扈し、人文学の危機が叫ばれるなか、あえて「世界」とは何かを問う。人文学の根源的な問い直しのために。 われわれはどんな「世界」を生きているのか: 来るべき人文学のために 編著者:山室 信一 (編集), 岡田 暁生 (編集), 小関 隆 (編集), 藤原 辰史 (編集) ナカニシヤ出版 体裁:A5・382ページ 定価:本体4,200円+税 ISBRead More →

戦争末期の1943年から遂行された国策、満洲報国農場。終戦時には70近くの農場が存在したが、その実態は長く顧みられずにきた。農林省の役人や農学者たちが牽引したこの国策により、東京農業大学の実習生や多くの若者たちが辛酸を嘗め、死へと追いこまれた。命を支える農業を研究する農学が、そして学生を育むべき大学が、棄民に加担した事実に迫る。 農学と戦争 知られざる満洲報Read More →

五〇年の時の隔たりと政治的・文化的流行の盛衰を超えて、“68年5月”の出来事と同時代の思想の双方に触発されながら、現在について考える―。二〇一八年五月、京都大学人文科学研究所で行われた連続セミナー(全一〇回)の全記録。“68年5月”は今、私たちに何を問うているのか。フランス現代思想、政治、哲学、精神分析、歴史、エピステモロジー…、一〇名の論者が、それぞれの専Read More →

あたりまえを疑う。言うは易しだが、これが思うようにできない。手ぶらでやろうとすると気づかぬうちにかつての「あたりまえ」のなかに囚われてしまう。生活のあたりまえ、男女のあたりまえ、会社や仕事のあたりまえ、経済や文化のあたりまえ、国家のあたりまえが劇的に変わっていこうとしているなか、これまでの「あたりまえ」から出ていくためには、優れた道具が必要となる。 文化人類Read More →